コドモおいでおいで!な不妊治療の記録。☆治療暦:約2年半☆AIH3回。初IVF→×。2度目の凍結胚盤胞ETで陽性→稽留流産。2回目ICSI→稽留流産。再挑戦もくろみ中♪


by maroony
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2006年 10月 29日 ( 2 )

手術の翌日


今日は日曜。
旦那ちゃんがいてくれて良かった。
それだけで前回より気分が明るい(というかごく普通の気持ち)
ごはんは調達してくれるし(今晩は何か作ってくれるらしい♪) 
今どんな気分か話が出来る相手がいるって素晴らしい。
私のために
DVDの続きと欲しい漫画も調達しがてら、気分転換に旦那ちゃんはおでかけ中。
妊娠出産関係ではどうしても女子が心身ともにハードなんだけど
うちの旦那ちゃんは とってもフォローがんばってくれてていつも感謝。
いっぱい心配してくれてることも
私が人よりちょっと余計に辛い目にあってることを可哀想に思っててくれてることも
今回言葉にして言ってくれたので
もうね また頑張る気もちでいっぱい。
体も治るのが早そうですよ!


で やっぱり今朝起きてみると
ぱったり つわりは なくなっていた。
1週間くらい前から 大分軽くなっていたんだけど。
(それでなんとなく駄目かな って予感はあった…
つわりの強弱だけでは流産かどうかの判断はできませんが)
丈夫な体をまた作り直すぞ。
今回の反省を生かして 次へつなげよう。



<今後とりくむ課題まとめ>

・不育症の検査。   

 …KPCでもできる。一回目の生理が来てから。
 検査の前に看護師さんからどんな検査があるのか 夫婦そろって説明してもらう。
 検査で陽性が出ても
 不育症は対策のとれるものが多いそうなので 心配しすぎないようにする。
 また 赤ちゃんの染色体検査の結果が出た後
 遺伝カウンセラーの先生から専門的なことを説明してもらう。


・今後の治療。

 …不育症の検査結果が出てから治療再開。
 今凍結できている卵は胚盤胞といえど6日目のもの。
 どの程度の希望があるのか…?
 もしかしたら コンディションを整えて次回も採卵からはじめるのも手かもしれない。
 私だけ日本に残って治療を続けるとするなら
 凍結卵がたくさんあったほうが良い気もするし…
 院長の意見も聞いて 要検討。


・旦那の転勤(たぶん海外)が近々ありそう。   

 …いつになるか分からないので 治療のどのタイミングに転勤になるかにもよるが
 受精卵か凍結精子があれば私だけでも治療可能と院長にも言われたので
 ある程度単身赴任してもらって別々に頑張る。
 長期に渡って結果が出ない場合、海外での治療も考えればいい。


・次に妊娠したあとに 不安な要素が検査で出てきたときの対処の仕方。
 (主に私の生活・精神面)                              

 …赤ちゃんを過度に心配するあまり ストレスで子宮環境を悪くさせてしまわないように
 気分転換をうまくできるようにしたい。
 病院のカウンセリングを利用したり
 病院のミュージックセラピーに参加したり
 とくにカウンセラーの先生に困難な局面でも日常をうまく暮らせるようなコツがなにか
 ないか相談。
 あと何か楽しい趣味を持つ。とか?
 アロマの勉強してみようかな。
 料理関係のちょっとした資格も仕事にも役に立つし いいかもしんない。

 難しい局面でも気分転換して楽しんだりすることに
 罪悪感を持たないようにできるといいんだけど…。 
 お腹の中でたいへんなことになってるかもしれない赤ちゃんを抱えつつ
 どう日常を過ごすのがよいのか 正直とてもわからないし困るのだ…


・年末年始の乗り切り方。     
 (年賀状とか…)

 …年賀状は ふつーに出す。プリンターで宛名出して、がんばって1日で終わらせちゃう。
 どうせ子どもの写真入の年賀状がいっぱい来るから
 旦那にだけ見てもらって誰から来たか報告だけ受ける。
 
 小さい子のいる親戚とかに会う予定はないので その点は気楽。
 街で親子連れをいっぱい見るだろうけど 見ても深く考えないこと。


・私の仕事。

 …来月の分はお休み。
 前回は復帰が早すぎた気がしないでもないので(いきなりハードな仕事しちゃったし)
 様子を見つつ。
 あと、今しか出来ない仕事をがんばろう。
 優先順位を検討して
 40歳までの計画もなんとなく立ててみる。


・私の気持ちの切り替え方。

 …もう だいぶん切り替わっているけど
 もしかして体が良くなってきた頃にまた落ち込んだり
 もう大丈夫と思ったときに涙に暮れたり 波があるかもしれない。
 旦那にそのことは話したし 自分でもそのつもりで備える。
 あまり張り切らない。友人に「もう大丈夫」って言い過ぎない。
 虚勢をはらず 自然に。
 次の検診で予約をして 病院のカウンセリングを受けてみる。
 2人の赤ちゃんの記念品を作ってもいいかも。
 好きなジュエリーメーカーの赤ちゃん用の誕生石つきリングに誕生予定日を刻印してもらって
 細いチェーンに通して首にかけられるようにしようかな?
 
 旦那が仕事で忙しくても
 話の合う友達となかなかあえなくても大丈夫なように
 一人で充実した時間を過ごせるように頑張る。
 その点でいい感じだなーって思ってても いざ治療の周期になると
 のめりこみすぎて自分のペースを崩しがちなので いつでもマイペースを心がけよう。

 部屋をきれいにして 仕事もある程度がんばって
 日常の生活に潤いも忘れないように。
 ひさびさにカフェインおもいきり解禁してお茶をていねいに淹れたりしてみよう。 
 
 気分転換にピアスを開けるとか もアリ?
 あと 12月に入ったらレーザー脱毛の2回目に行く。 
 (半年ごとに全部で4回)


・二人の体力づくり

 …旦那の脂肪を減らすためにも手作りお弁当を再開。(でもがんばって凝りすぎない程度に)
 腹筋がんばってね!>旦那ちゃん
 私も子宮の回復を待って運動しようっと。
 ホットヨガ行ってみた~い。
 (デトックスとかそういうんじゃなくて単に汗かく運動として!だよ>旦那ちゃん)
 巨大になったお尻と太ももと二の腕を引き締めて久しぶりにジーンズを格好よくはく。
 で 冬のおしゃれも楽しむ。
 怪しげでないサプリメントを探してちょっと試す。ビタミンEとか?卵に良いもの。



やっぱり日常でないことを経験したあとなので
ちょっとハイみたいです…いっぱい書いちゃった。
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by maroony | 2006-10-29 17:03 | 流産をおもう

流産の手術終わりました

7w5d
土曜日。
2度目といえど やはり緊張と恐怖で浅い眠りしかとれないまま病院へ。
8時半。
念のためのエコーのあと子宮口を広げる海草でできた棒を入れる。
やっぱり激痛。でも口で息をふーっと逃すと痛みを逸らせる。
いつかこのコツを出産の場で生かしてやるわくそう、と思いながら
ふうふうしつつ着替えて点滴されつつベッドで待機(旦那も同室)。

そう 最後のエコーのとき
もう赤ちゃんも卵黄嚢も見えなかった。
前日まで見えていたのに。
金曜日 最後に挨拶してくれたんだね。
ちゃんと あなたの最後の姿のエコー写真、お父さんにも見てもらったからね。

前日の夜に私と旦那で
お腹をさすりながら
「がんばった。えらい。絶対わすれないからね」って
お別れを言ったから きっとそれでやっと安心してお空に行ったんだろうな…。


10時半。
オペ室に入り、準備。
院長先生が「がんばろうね」って笑顔で励ましてくれる。

前日まで院長は学会で不在だった。
正直、院長のいない間にオペになる状況が一番恐怖だった私と旦那。
だって他の先生達もいい先生だけど
院長ほど腕があるかどうかは未知数なんだもの…
大事な子宮を傷つけて欲しくない…
私たちの親思いの赤ちゃんは、そんなことにも気を遣って
がんばってお腹にくっつき続けてくれていたのでした。

オペは静脈麻酔。
いつもどおり私はすぐに無意識に…だったんだけど
今回は院長いわく「ちょっと難しかった」せいか
時間がかかったらしく
最後のほうでちょっと意識が戻っちゃった。
目は開かなかったけど
痛くて痛くて身をよじって「痛い痛い」って泣いた。
もうかんべんしてーって正直思った…けど
今となってはもう どういうふうに どのくらい痛かったかって思い出せません。
痛みの記憶って消えやすいように出来てる。

だから これからもし手術を受ける人で
この文章にたどり着いた人には
あまり怖がらないで 大丈夫、って言いたい。
痛みは過ぎ去っていくタイプだし 痛み止めもきっともらえるし
心が傷ついた上に体も痛いなんて悲しすぎるって思うかもしれないけど
体はけっこう頑張ってくれるからね。

だから私はもう大丈夫なんだけど
旦那がどれほど心配しただろうと思うと かわいそう…ごめんよ



オペが前回よりも早い時間に終わったので
2時過ぎにはタクシーで家に戻れた。
ごはんを食べて(前日夜9時から絶飲食だったので はらぺこ)
麻酔のせいで深くて短い眠りを何度か繰り返し。
でも
そのあとなんだかもう元気になってきて
友人が癌で亡くなって以来 見たいけど封印していた
「木○津 キャッ○アイ」を解禁することにして
DVDで見たりした。

だれかの死と 生きてる私 …
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by maroony | 2006-10-29 16:14 | 流産をおもう